東京高等裁判所 平成4年(行ケ)155号 判決
アメリカ合衆国 ミネソタ州 セントポール、3エム センター
原告
ミネソタ マイニングアンド マニュファク チァアリング コンパニー
同代表者
ゲーリー リー グリスウォルド
同訴訟代理人弁理士
浅村皓
同
小池恒明
同
歌門章二
同
岩井秀生
同
梶原斎子
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官
高島章
同指定代理人
清水富夫
同
横田和男
同
奥村寿一
同
吉野日出夫
同
関口博
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。
事実
第1 当事者の求めた裁判者
1 原告
「特許庁が平成2年審判第10019号事件について平成4年3月19日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文1、2項と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続
原告は、名称を「可とう性遮蔽リボンケーブル」とする発明(後述するとおり、以下、「本願第1、第2発明」ないしは一括して「本願各発明」という。)について、アメリカ合衆国において1981年3月16日にした特許出願に基づく優先権を主張して昭和57年3月15日、特許出願をした(昭和57年特許願第40648号)ところ、平成2年3月6日、拒絶査定を受けたので、同年6月25日、審判を請求した。特許庁はこの請求を平成2年審判第10019号事件として審理した結果、平成4年3月19日、上記請求は成り立たない、とする審決をし、その審決書謄本を平成4年4月15日、原告に送達した。
2 本願各発明の要旨
(本願第1発明)
「(1)均一な直径を有しそして単一平面中に横たわっている複数の実質的に縦方向に平行な円形導体を有する信号部(但し該複数の導体は横方向に均一な予め定められたかつ縦方向に均一な断面間隔を有する);3.0以下の事実上均一な誘電率を有しそして該単一平面に対して実質的に平行な二つの外側表面を有し該複数の導体を包み込む絶縁体;および該絶縁体の該二つの外側表面に順応する二つの内側表面を有するシート導体(但し該シート導体は該絶縁体に該二つの外側表面上で連続的かつ一様に結合し、そして該シート導体は該絶縁体を実質的に総ての断面側面において包み込みそして横方向および縦方向の両方の電気的連続性を与える)を有し;そしてそこでは該平行な円形導体の直径の値対該平行な円形導体の中心間の距離の値の比が0.16以上でかつ0.42以下であり;そしてそこでは該シート導体の該二つの内側表面間の距離の値対該平行な円形導体の中心間の距離の値の比が1.5以下であり;そしてそれによって可とう性リボンケーブルの該信号部分の電気的特性が匹敵する絶縁厚味を有する同軸ケーブルの電気的特性と近似する;ことを特徴とする可とう性リボンケーブル。」
(本願第2発明)
「(14)単一表面中に横たわっている複数の実質的に縦方向に平行な円形導体;3.0以下の事実上均一な誘電率を有しそして該単一平面に対して実質的に平行な二つの外側表面を有し該複数の導体を包み込む絶縁体;および該絶縁体の該二つの外側表面に順応する二つの内側表面を有するシート導体(但し該シート導体は該絶縁体に該二つの外側表面上で連続的かつ一様に結合し、そして該シート導体は該絶縁体を実質的に総ての断面側面において包み込みそして横方向および縦方向の両方の電気的連続性を与える)を有し;そしてそこでは該複数の平行な円形導体は横方向に予め定められかつ縦方向に均一な45ミル~65ミルの中心間の断面間隔を有し;そしてそこでは該シート導体の該二つの内側表面間の距離が35~75ミルであり;そしてそこでは該平行の円形導体の断面積が32AWG~26AWGである;ことを特徴とする可とう性リボンケーブル。」(別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本願各発明の要旨は、前項記載のとおりである。
(2) 昭和47年実用新案登録願第115098号のマイクロフィルム(昭和49年実用新案公開第71778号公報参照、以下、「引用例1」といい、同引用例記載の考案を「引用発明1」という。別紙図面2参照)には、適当な間隔を存して横方向に並べた複数本の導体をポリエチレン等よりなる絶縁物で一体的に覆い、その外周を金属編組や金属テープ等よりなる遮蔽金属で覆い、絶縁物と遮蔽金属とはこれらの間に部分的に介在された接着剤で部分的に接着させた遮蔽付きテープ電線が記載されている。
栗原福次・大石不二夫共著「活用ガイド『高分子材料』」(昭和55年1月20日第1版10刷オーム社発行、P.P.188~205付録1.プラスチックの性能、以下、「引用例2」という。)には、ポリエチレンを含むプラスチックの電気的性質が記載されており、ポリエチレンの誘電率が3.0以下に相当する2.30~2.35あるいは2.7~2.9であることが記載されている。
(3) 本願各発明と引用発明1を対比すると、以下のとおりである。
電線・ケーブルの技術分野では、導体として円形導体がよく用いられており、この円形導体は通常均一な直径を有するものであることから、引用発明1の導体は、本願第1発明の「円形導体」に相当する。また、引用発明1における、絶縁物の外周を金属テープからなる遮蔽金属で覆うことは、本願第1発明における「絶縁体の二つの外側表面に順応する二つの内側表面を有するシート導体」を施すことに、絶縁物が「絶縁体」に相当することは自明である。そして、電線・ケーブルの技術分野では、通常導体を包むのに用いられる絶縁物が、事実上均一な誘電率を有するものであることは、引用例を掲げるまでもなく慣用されているところである。
してみると、本願第1発明と引用発明1とは、均等な直径を有しそして単一平面中に横たわっている複数の実質的に縦方向に平行な円形導体を有する信号部(但し該複数の導体は横方向に均一な予め定められたかつ縦方向に均一な断面間隔を有する);事実上均一な誘電率を有しそして該単一平面に対して実質的に平行な二つの外側表面有し該複数の導体を包み込む絶縁体;および該絶縁体の該二つの外側表面に順応する二つの内側表面を有するシート導体(但し該シート導体は該絶縁体に該二つの外側表面上で結合し、そして該シート導体は該絶縁体を実質的に総ての断面側面において包み込む)を有すること、を特徴とする可とう性リボンケーブルである点で一致する。
これに対し、本願第1発明は、絶縁体の誘電率が、「3.0以下」とされるのに対して、引用発明1はポリエチレン等よりなるとされるものの、その誘電率が明確に示されていない点(相違点1)、本願第1発明は、「絶縁体の該二つの外側表面に順応する二つの内側表面を有するシート導体(但し該シート導体は該絶縁体に該二つの外側表面上で連続的かつ一様に結合する)」と特定され、そして「横方向および縦方向の両方の電気的連続性を与える」とされるのに対し、引用発明1は、絶縁物と遮蔽金属とはこれらの間に部分的に介在された接着剤で部分的に接着させるものであるが、これが「連続的かつ一様に結合する」ことに相当するのか、そして「横方向とおよび縦方向の両方に電気的連続性を与える」ものかにわかには判断し得ない点(相違点2)、本願第1発明は、「平行な円形導体の直径の値対該平行な円形導体の中心間距離の値の比が0.16以上でかつ0.42以下である」、また「シート導体の二つの内側表面間の距離の値対円形導体の中心間の距離の値の比が1.5以下である」と数値をもって特定しているが、引用発明1にはこれに相当する特定がない点(相違点3)、本願第1発明は、「可とう性リボンケーブルの信号部分の電気的特性が匹敵する絶縁厚味を有する同軸ケーブルの電気的特性と近似する」とされるのに対して、引用例1にはこれに相当する記載はない点(相違点4)において相違する。
本願第2発明と引用発明1とを対比すると、引用発明1の導体は本願第2発明の「円形導体」に相当し、また、引用発明1における、絶縁物の外周を金属テープからなる遮蔽金属で覆うことが、本願第2発明における「絶縁体の二つの外側表面に順応する二つの内側表面を有するシート導体」を施すことに、絶縁物が「絶縁体」に相当することは自明であり、そして、導体を包むのに用いられる絶縁物は、事実上均一な誘電率を有することは、引用例を掲げるまでもなく慣用されていることであるから、上記両発明は、単一表面中に横たわっている複数の実質的に縦方向に平行な円形導体;事実上均一な誘電率を有しそして該単一平面に対して実質的に平行な二つの外側表面を有し該複数の導体を包み込む絶縁体;および該絶縁体に該二つの外側表面に順応する二つの内側表面を有するシート導体(但し該シート導体は該絶縁体に該二つの外側表面上で結合し、そして該シート導体は該絶縁体を実質的に総ての断面側面において包み込む)を有したことを特徴とする可とう注リボンケーブル、である点で一致する。
これに対し、本願第2発明と引用発明1との間には、本願第1発明と引用発明1との間の相違点1及び2と同様の各相違点があるのに加えて、本願第2発明は、「複数の平行な円形導体は横方向に予め定められかつ縦方向に均一な45ミル~65ミルの中心間の断面間隔を有し;そしてそこではシート導体の二つの内側表面間の距離が35ミル~75ミルであり、そしてそこでは該平行の円形導体の断面積が32AWG~26AWGである」と数値をもって特定しているが、引用発明1にはこれに相当する数値の特定がない点(相違点5)で相違する。
(4) 各相違点について判断すると、以下のとおりである。
a 相違点1
相違点1は、絶縁体の誘電率に関するものである。
引用発明1では、絶縁物がポリエチレン等よりなるとされるが、ポリエチレンは、電線・ケーブルの技術分野において絶縁体として極めて慣用されるものである。そして、ポリエチレンの誘電率が、その密度あるいは共重合物を構成した場合に応じてそれぞれ2.30~2.35あるいは2.7~2.9であることは引用例2の記載事項にみられるように周知である。
してみると、本願第1発明における「3.0以下の事実上均一な誘電率」なる特定は、絶縁物として用いられることが周知のポリエチレン等を含むものであって、この誘電率の特定により、本願第1発明と、引用発明1とが格別異なるものとはいえない。
b 相違点2
相違点2は、シート導体と絶縁体との関係に関するものである。
引用例1では、「絶縁物と遮蔽金属とが部分的に接着しているだけである」とされ、絶縁物に二つの外側表面上で連続的かつ一様に結合するとは記載されていない。
しかし、引用発明1は、従来のテープ電線では可とう性を持たせるために絶縁物と遮蔽金属とが接着されていないことから、絶縁物と遮蔽金属の相対関係が変化して電気的特性が損なわれていた問題を解決することを技術的課題としている。そして、これら絶縁物と遮蔽金属の両者間の相対位置がほぼ一定に保持され、従って電気的特性が一定化されるものとされる。したがって、絶縁物と遮蔽金属との相対位置を変化させないことで、電気的特性を一定化できることは、当業者にとって自明なことといえる。してみると、引用発明1を、可とう性を必要とせずに電気的特性の安足を優先した場合には、連続的かつ一様に結合するようになすことは、当業者にとり容易になし得た程度のことといえる。
c 相違点3
相違点3は、「平行な円形導体の直径の値対該平行な円形導体の中心間距離の値の比」及び「シート導体の二つの内側表面間の距離の値対円形導体の中心間の距離の値の比」の数値特定に関するものである。
引用例1には、これらの数値特定に関する記載はないが、異なる信号を伝達させる導体が、異常に接近している場合にクロストークを生じて不都合であり、この不都合を避けるには、導体の適当な中心間距離をとる必要があることは、電線・ケーブルの技術分野において技術常識である。そして、絶縁物の誘電率が異なる場合、それに応じて導体の適正な中心間距離が変わることもまた技術常識である。
してみれば、「平行な円形導体の直径の値対該平行な円形導体の中心間距離の値の比」及び「シート導体の二つの内側表面間の距離の値対円形導体の中心間の距離の値の比」の数値範囲を適正なものに限定することは、当業者であればむしろ設計時において当然に考慮しているものであって、その最適値数値範囲を記載したことにより、格別な作用効果を奏するものとはいえない。
d 相違点4
相違点4は、本願第1発明の有する電気的特性を、同軸ケーブルの有する電気的特性と比較して記載したものである。
引用例1にはかかる記載はないが、本願明細書中においても、可とう性リボンケーブルの有する電気的特性と、同軸ケーブルの有する電気的特性とを明確に比較した記載が存在するわけではなく、本願第1発明の可とう性リボンケーブルの信号部分の有する電気的特性が、匹敵する絶縁厚味を有する同軸ケーブルの電気的特性と近似するものか否かは、明確ではない。したがって、本願第1発明の相違点4に係る記載は、本願第1発明の有する電気的特性を蓋然的に表現したものにすぎず、また、これにより、引用発明1との差異を明確にするものともいえない。
e 本願第2発明との相違点1及び2
本願第2発明と引用発明1との相違点1及び2についての判断は、本願第1発明について検討したところと同様である。
f 相違点5
相違点5は、「複数の平行な円形導体の中心間の断面間隔」、「シート導体の二つの内側表面間の距離」及び「平行の円形導体の断面積」のそれぞれの具体的な数値範囲を特定するものであり、相違点3に相当する。
既に検討したように、異なる信号を伝達させる導体が、異常に接近している場合にクロストークを生じて不都合であり、この不都合を避けるには、導体の適当な中心間距離をとる必要があることは、電線・ケーブルの技術分野においては技術常識である。そして、絶縁物の誘電率が異なる場合、それに応じて導体の適正な中心間距離が変わることもまた技術常識である。してみれば、本願第2発明のように、「複数の平行な円形導体の中心間の断面間隔」、「シート導体の二つの内側表面間の距離」及び「平行の円形導体の断面積」のそれぞれの具体的な数値範囲を適正なものに限定することは、当業者であればむしろ設計時において当然に考慮しているものであって、その最適値範囲を記載したことにより、格別な作用効果を奏するものとはいえない。
g 以上のとおりであるから、本願各発明は、引用例1の記載事項である可とう性リボンケーブルと、引用例2に記載される周知事項及び技術常識に基づいて、当業者が容易に発明することができたものと認められる。そして、それによる作用効果も、当業者が十分に予測可能なものであって、格別なものとはいえない。
(5) したがって、本願各発明は、いずれも引用例1、2の記載事項及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項により特許を受けることができない。
4 審決の取消事由
審決の認定判断のうち、審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。同(4)のうち、相違点1についての判断及び相違点5が相違点3に相当することは認めるが、その余は争う。同(5)は争う。審決は、引用発明1と本願第1発明との相違点2ないし4並びに本願第2発明との相違点2及び5の各判断を誤り、本願各発明の奏する顕著な作用効果を看過したものであるから、違法であり、取消しを免れない。
(1) 相違点2の判断の誤り(取消事由1)
審決は、本願各発明を「可とう性を必要と(しない)」ケーブルに関する発明として捉えているが、本願各発明が可とう性のケーブルを目的としていることは明らかであるから、審決はこの点において誤っている。その上、引用例1には、全面接着(合)は、可とう性を著しく損なうとの本願各発明とは逆の方向を示唆する記載があるのであるから、可とう性を必要とする本願各発明に当てはまるものではないし、何らの示唆を与えるものではない。
ところで、本願各発明の技術的課題のうち特筆すべき点は、「望ましい信号搬送ライン特性を示すためには・・・信号心線間に少ない量の順方向(forward)及び逆方向(backward)漏話(クロストーク)を示さなければならない。」(本願明細書7頁1行ないし7行)として「逆方向クロストーク」を挙げている点である。「逆方向クロストーク」は、近端漏話ともいわれるもので、本願各発明は、前記の各要旨認定の構成を採用することによって、この「逆方向クロストーク」の問題を最初に解決した画期的な発明である。すなわち、「逆方向クロストーク」の問題自体は既に知られていたものの、この問題は本願各発明の優先権主張日である昭和56年3月16日の後の昭和57年5月10日に発行された「新版エレクトロニクス用語辞典」でも「補償することができない」とされていた問題であるからである。そして、本願明細書には、「本発明のケーブルはまた信号心線間に低順方向クロストークを与える。低順方向クロストークに寄与するものは絶縁体の事実上の均等な横および縦方向の誘電率である。この均等な誘電率に寄与する主たる特質はケーブル絶縁体に対するシート導体シールドの結合でありこれはシート導体と絶縁体間に緊密な接触を与えそれは空隙の形成を防ぐであろう。本発明のケーブルはまた信号心線間に低逆方向クロストークを与える。低逆方向クロストークに対する主たる寄与はケーブルの断面の形状寸法である。二つの幾何学的制約が重要である。」(23頁8行ないし19行)、「シート導体16Aおよび16Bと絶縁体14間に密接な接触を与えることが必要である。シールドと誘電体間の密接な接触は事実上均一な横方向および縦方向の誘電率を与えるであろう。この事はシート導体16Aおよび16Bと絶縁体14との間に、特にケーブル10を曲げたときに空気間隙が形成されることを防ぐために必要である。密接な接触は不変の特性インピーダンスおよび不変の伝搬速度を与えるであろう。それはまた順方向クロストークを引き起こす誘電不連続性を除去しそしてそれは過度の逆方向クロストークを引き起こすシート導体16Aと16Bの内部表面間の間隔における調節されない増加を防ぐ。」(33頁13行ないし34頁5行)との記載がある。
以上のように、本願各発明において、シート導体を全面接着する構成を採用したのは、「可変量の間隙」「可変量の空気」「シート導体内の内側表面間の可変距離」を防ぐという技術的知見に基づくものであり、この構成は、乙第1ないし3号証の従来技術にも存在しない新規な構成である。
これに対し、引用例1の明細書には、「遮蔽金属が絶縁物に対して自由に動けることから」、「遮蔽金属の近接効果」が失われることを防止するために、「部分的に接着」させたと述べられている。したがって、その遮蔽金属が・・・自由に動け」ないような構成であれば必ずしも「部分的に接着」でなくともよいとの認識に基づくものである。このことは引用例1が「近接」効果と述べ、本願各発明のような「接合」効果と述べておらず、また、「電線長さ方向における特性インピーダンス」としていることからも明らかである。ことに引用例1では、本願発明にとって最も肝心な「空気間隙が形成」されることを防止されなければならないとする技術的知見は全く示唆されていない。それ故、その「電気的特性の均一性」の中に、本願発明のような「逆方同クロストーク」の問題は含まれておらず、従って、その「部分的な接着」を本願各発明のような全面接着とするという技術的示唆は存在しない。
したがって、相違点2の判断が誤りであることは明らかである。
(2) 相違点3(及び同5)の判断の誤り(取消事由2)
本願明細書には、「低逆方向クロストークに対する主たる寄与はケーブルの断面の形状寸法である。二つの幾何学的制約が重要である。」(23頁17行ないし19行)、「ケーブル10の断面形状は信号心線12間の逆方向クロストーク特性に重大な影響があることが判明した。」(34頁18行ないし20行)との各記載からも明らかなように、本願発明者が発見した新規な技術的思想であり、その詳細は本願明細書35頁ないし39頁に述べられているとおりである。
そして、この点について被告は、乙第1ないし第5号証を訴訟段階において提出するが、そもそもかかる書証の提出は訴訟経済、審判経済の観点があるとしても許されないものである上、その内容を検討しても、上記の各相違点について何らの示唆を与えるものではない。
すなわち、乙第1号証(米国特許第3、634、782号明細書)記載のケーブルは、本願明細書に「シールドされた編組は必ずしもケーブル誘電体に結合されていない。この結合不足は横方向および縦方向共に導体からシールドへ不均等な誘電率を与えるであろう。このことは過度の順方向クロストークを来しそして不均等な特性インピーダンスを生じるであろう。」(14頁6行ないし12行)とあるとおり、そもそも本願各発明の相違点1、2に係る構成すら具備していないものであり、逆方向クロストークに関するものではない。同第2号証(米国特許第3、735、022号明細書)記載のケーブルは、本願明細書に「二重の異なる誘電体物質を有するケーブルを備えてクロストークを管理する試みを示す。」(17頁5ないし7行)とあるとおり、本願各発明とは別個の構成を開示するものであるし、逆クロストークに関するものでもない。また、絶縁体の高さ(t)は、その回りを第2の絶縁体25が取り囲んでいるので、本願各発明の(b)に相当するものではない。同第3号証(米国特許第3、763、306号明細書)記載のケーブルは、本願明細書に「このケーブルはシールドされておらずそしてまた過度の逆方向クロストークを示す欠点に悩む。」(17頁1行ないし3行)とあるとおりである。さらに、同第4号証(昭和52年特許出願公開第33091号公報)、同第5号証(米国特許第3、179、904号明細書)はいずれも逆方向クロストークに関するものではない。
そして、審決が、技術常識として挙げる点は、導体間の中心間距離及び絶縁物の誘電率である。しかし、本願各発明では、この他、円形導体の直径、シート導体の内側表面間の距離の値があり、これらが変数として加わった場合の数値特定が問題とされているのである。導体間の中心間距離及び絶縁物の誘電率を一定にしても、円形導体の直径を変えることによって、順方向、逆方向のクロストークは変わる(甲第5号証)し、円形導体の直径、シート導体の内側表面間の距離の値が重要な要素となることは明らかである。したがって、各比の関係を規定し、更にそれらの数値を限定した本願各発明が進歩性を有することは明らかであるから、これを格別のものではないとした相違点3及び5についての審決の判断が誤っていることは明らかである。
(3) 相違点4の判断の誤り(取消事由3)
審決は、「本願明細書中においても、可とう性リボンケーブルの有する電気的特性と、同軸ケーブルの有する電気的特性とを明確に比較した記載が存在するわけではな(い)」とするが、本願明細書37頁18行~39頁5行には、この点に関する具体的な記載があるし、従来の「リボン同軸ケーブル」が、「リボン同軸ケーブルにおいては、複数の別個の同軸ケーブルを一緒に束ねてリボンケーブルを形成する。それぞれの個々の信号心線にはそれ自身の別個の個々のシールドが巻かれる。」ことから、「それ程緻密ではない」、「比較的製造費が高い」、「嵩張り」、「多数成端が容易でない」等の欠点を有したのに対し、本願第1発明は、「個々の信号心線をそれぞれ個々のシールドで巻く必要」がないとの作用効果を奏するものであるから、審決の前記判断は誤っている。
(4) 進歩性判断の誤り(取消事由4)
審決は、引用発明1との間に、本願第1発明については、前記1ないし4の、同第2発明については、前記1、2及び5の各相違点の存在を認めながら、これらの組合せに対する判断はない。しかし、本願各発明は、これらの各相違点の有機的な結合によって成り立っているものであるから、特許性が肯定されるべきである。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
請求の原因1ないし3は認めるが、4は争う。審決の認定判断は正当である。
1 取消事由1について
引用発明1のテープ電線においては、絶縁体と遮蔽金属とを接着剤により部分接着するほか、部分圧着及び部分融着等により部分的に接着を行い(引用例1、3頁6行ないし8行)、全面接着は行っていない。
引用発明1が上記のように全面接着しなかったのは、その可とう性が著しく損なわれることを防止するためであって、従来は、絶縁体と遮蔽金属を接着しなかったものである。しかし、接着しない場合には、「遮蔽金属が絶縁体に対して自由に動けることから導体との間隔が変動しやすい。特にテープ電線を屈曲させた場合、屈曲された側の面の遮蔽金属が絶縁物から浮上るように離間しやすい。従って、遮蔽金属の近接効果が相対位置の変動で変化してしまうことから、電線長さ方向における特性インピーダンス、減衰量の分布等が不均一になってしまい、電気的特性の均一性を損なうという問題があった。」(引用例1、1頁末行ないし2頁9行)。この記載から、この種テープ電線では絶縁体と遮蔽金属とが接着していないと上記電気的特性が変動するという認識は既に知られていたというべきである。しかし、全面接着すれば、テープ電線の可とう性が損なわれると考え、電気的特性を失わず、かつ、可とう性を有するという条件を満足するものとして敢えて前記のとおり部分的接着をしたと考えるのが相当である。
このように、絶縁体と遮蔽金属(シート導体)との相対位置を変化させないで電気的特性を一定化させるために絶縁体とシート導体とを全面接着することは、引用例1に自明的に記載されているのであるから、電気的特性を一定化するという技術的課題を達成するのに、部分的接着に代えて全面接着に相当する連続的かつ一様に結合することは当業者において容易になし得たことといえよう。なお、審決が、「可とう性を必要とせずに電気的特性の安定を優先した場合には」(審決書12頁12、13行)と記載した趣旨は、絶縁体とシート導体を接着するに当たり、全面接着よりも部分接着の方がより可とう性があるだろうとの一般的な考え方を述べたものである。
さらに、絶縁体とシード導体を全面接着した場合、本願各発明と引用発明1では、当該リボンケーブル(テープ電線)の可とう性に対して認識の相違が認められるが、絶縁体とシード導体との全面接着によっても可とう性を有するとの認識を有する本出願人にとっては、部分接着を全面接着に換えることは何ら困難はない。
次に、絶縁体の誘電率についてみると、引用発明1は、前記のとおり、接着手段として、圧着や融着等を用いており、これらの手段によれば、たとえテープ電線を屈曲させたとしても、絶縁体と遮蔽金属間に空隙は存在せず、本願各発明の全面接着したものと同様に、誘電率に変動はない。
2 取消事由2について
平型ケーブルに関し、乙第1号証(米国特許第3、634、782号明細書)には、クロストークを最小にするために、導電体の直径d、導電体の中心間距離D、絶縁材の厚さh、を適正にすること並びに平型ケーブルのインピーダンスと上記d、D、hの関係が記載されている。また、
〈省略〉は、〈省略〉
と書き換えられること及び
〈省略〉
が記載されているところ、上記の「導電体」及び「絶縁材の厚さ(h)」は、それぞれ本願第1、第2発明の「円形導体」及び「シート導体の二つの内側表面間の距離の値」に相当することは明らかであるから、上記米国特許明細書には、「平行な円形導体の直径の値」対「円形導体の中心間距離」の比、及び、「シート導体の二つの内側表面間の距離の値」対「円形導体の中心間の距離の値」の比に注目して、平型ケーブルの設計を行っているものである。
したがって、本願各発明の特定比を基準にして平型ケーブルを設計することは、本優先権主張日前に知られていたことであるから、このような特定の比を基準に用いることは、格別のこととはいえず、設計上、当然に考慮すべき事項である。
また、本願各発明における前記特定比の数値限定の意義についてみると、順方向及び逆方向のクロストークは特定の周波数と誘電体の特定の誘電率のもとで、平型ケーブルの各部の長さによって効果が決まるものであるが、平成3年10月30日付け手続補正書4頁の試験結果には信号の周波数が示されていないばかりか、同じ誘電率のものはそれぞれ2つの寸法のものの試験結果しか示されておらず、さらに、各特定の比についても、限界値前後におけるクロストークについても示されておらず、この試験結果からは、本願第1、第2発明のにおける数値限定の技術的意義ないし臨界的意義を肯定することはできない。
3 取消事由3について
原告は、本願明細書37頁18行ないし39頁5行に本願第1発明の可とう性リボンケーブルの有する電気的特性と同軸ケーブルの有する電気的特性を具体的に比較した記載が存すると主張するが、原告指摘の箇所を子細に検討しても、電気的特性に関する比較を見出すことはできないから、原告の主張は理由がない。
4 取消事由4について
以上のとおり、本願第1、第2発明の各相違点に係る構成はいずれも当業者が容易に想到可能であるから、これらの組合せを格別困難とすることはできず、原告のこの点に関する主張も失当である。
第4 証拠
証拠関係は書証目録記載のとおりである。
理由
1 請求の原因1ないし3並びに本願第1、第2発明と引用発明との間に審決摘示の一致点及び相違点(本願第1発明について相違点1ないし4、同第2発明について相違点1、2及び5)が存在すること及び相違点1について審決の判断についてはいずれも当事者間に争いがない。そして、相違点5は同3と実質的に同じであるから、争点は、本願各発明の相違点2ないし4に係る各構成及び各相違点に係る構成の組合せをいずれも容易に想到できるとした審決の判断の当否である。
2 本願各発明の概要
いずれも成立に争いのない甲第2号証(願書添付の明細書及び図面)、同第3号証(昭和57年5月20日付け手続補正書)、同第4号証(平成1年10月24日付け手続補正書)及び同第5号証(平成3年10月30日付け手続補正書、以下、一括して「本願明細書」という。)によれば、本願各発明の概要は、以下のとおりである。
本願各発明は、遮蔽したリボンケーブル、特に、望ましい電気的特性を示す多数成端性遮蔽リボンケーブルに関するものである(本願明細書6頁15行ないし18行)。電気信号搬送ケーブルにおいて、望ましい信号搬送ライン特性を示すためには、ケーブルは低い変形性、高周波における低減衰率、電磁混信を放出せず、かつ、受けにくいこと、及び、信号心線間の順・逆のクロストークが少ないことが要求される。また、望ましい物理的特性として、多数の信号心線の使用可能性、容易な多数成端能力、低価格、可とう性及び緊密性が要求される(同6頁19行ないし7頁9行)。
以上の各要求を満たすべく種々の試みがされているが、いずれも十分ではない(同8頁3行ないし17頁)。そこで、本願各発明は、上記の望ましい信号搬送ライン特性及び物理的特性の要求を実現するべく、要旨記載の構成を採択したものであり(同18頁1行ないし19頁2行)、この結果、低信号減衰、低順・低逆方向クロストークの実現、多数成端性、可とう性等の作用効果を奏するものである(同20頁8行ないし25頁13行)。
3 取消事由について
(1) 取消事由1
引用例1に審決摘示の技術的事項の記載があることは当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第6号証(引用例1)には、引用発明1の遮蔽付きテープ電線に関して、「上記のようなテープ電線は例えば電子計算機の架間や架内における接続用電線として使用されている。このテープ電線は上記絶縁物と遮蔽金属とが接着しているとテープ電線の可撓性が著しく損なわれるので、これら両者間は接着させないのが通常である。しかしこの場合、遮蔽金属が絶縁物に対して自由に動けることから、導体との間隔が変動しやすい。特にテープ電線を屈曲させた場合、屈曲された側の面の遮蔽金属が絶縁物から浮上るように離間しやすい。従つて遮蔽金属の近接効果が相対位置の変動で変化してしまうことから、電線長さ方向における特性インピーダンス、減衰量の分布等が不均一になつてしまい、電気的特性の均一性を損なうという問題があつた。本考案は上記問題点を改善するためになされたもので、可撓性に富み、かつ電気的特性が損なわれることのない遮蔽付きテープ電線を提供しようとするものである。」(1頁15行ないし2頁13行)との記載が認められる。
以上の記載によれば、遮蔽付きテープ電線に関して、導体を覆う絶縁物とこの絶縁物の外周に設けられた遮蔽金属が、屈曲された場合、屈曲された側の面の遮蔽金属が絶縁物から離間して両者の相対位置が変動すると、遮蔽金属の近接効果が変動して、電線長さ方向における電気的特性の均一性が損なわれるとの技術的問題点の存在が指摘されていることは明らかである。したがって、上記の指摘からすると、遮蔽金属の近接効果の変化に起因して電気的特性が損なわれるとの欠点を回避するためには、遮蔽金属が絶縁物から離間することを防止すればよいことは明らかである。
さらに、前記甲第6号証には、「絶縁物2と遮蔽金属3とを接着するには、上記接着剤を用いるほかに、部分圧着や部分融着等でもよい。また絶縁物2と遮蔽金属3間の接着部は電線長さ方向に連続させてもよいし、間欠的なものとしてもよい。絶縁物2と遮蔽金属層3との接着は、導体1に沿つて長手方向に行なうことが望ましい。以上の如く構成された本考案テープ電線は、絶縁物と遮蔽金属とが部分的に接着しているだけであるから可撓性に富み、また遮蔽金属は絶縁物に部分的に固定されているからこれら両者間の相対位置がほぼ一定に保持され、従つて電気的特性が一定化されるものである。」(3頁6行ないし18行)との記載が認められる。
以上の記載によれば、遮蔽金属の接着(この方法に限定がないことは前記認定のとおりである。)は、テープ電線の可とう性を確保する上の障害要素と認識されていた(可とう性の程度を厳密に区別して論じない限り、たとえ遮蔽する金属が十分に可とう性に富むものであったとしても、絶縁物を金属で遮蔽する以上、遮蔽金属をテープ電線の可とう性に対する障害要素と認識すること自体誤りでないことは当然のことである。)ことからすると、上記の近接効果に起因して得られる電気的特性の均一性の程度の問題とテープ電線の可とう性の確保の問題は、両者の確保に関する要請の程度に従いながら、適宜、絶縁物と遮蔽金属との接着の部位や接着の程度及び方法等を考慮して決定すれば足りる問題であることは、当業者が容易に知り得る技術的事項であるというべきである。
原告は、引用例1には、全面接着は可とう性を著しく損なうとの記載があるから、同引用例においては全面接着は可とう性を損なうものとして排除されていると主張するところ、上記の記載があることは原告主張のとおりであるが、引用例1には、遮蔽金属を絶縁物に全面接着したのではテープ電線の可とう性の確保は困難であるとの技術認識に立ちながら(この認識自体正当であることは前記のとおりである。)、部分接着の方法によって上記両者の「相対位置がほぼ一定に保持され(る)」結果、「電気的特性が一定化される」という、可とう性と電気的特性の両立について記載されていることは明らかであるから、遮蔽金属を全面接着しても何ら可とう性を損なうことがないのであれば、かかる全面接着を何ら排除するものでないことは前記の記載からみて明らかところである。
したがって、遮蔽金属を全面接着しながらテープ電線の可とう性を確保し得るとの認識を有する者においては、かかる場合には前記の「相対位置が完全に一定に保持される」ことは明らかであるから、これによって、電気的特性の均一性が得られることは自ずから予想されるところであるというべきである。
そして、引用発明1における、絶縁物の外周を金属テープからなる遮蔽金属で覆うことは、本願各発明における「絶縁体の二つの外側表面に順応する二つの内側表面を有するシート導体」を施すことに相当することは当事者間に争いがなく、また、前掲甲第2ないし第6号証によれば、本願明細書も引用例1も「テープ電線における可とう性の確保」という場合の可とう性の程度を具体的に特定の尺度(たわみ度合いを示す数値等)で表していないことが認められる。
してみると、遮蔽金属を絶縁物に全面接着してもなお可とう性が確保されるとの技術認識を有する本願発明者にとっては、電気的特性の均一性を確保する観点から、全面接着の構成を採択し、その結果遮蔽金属は絶縁物に外側表面で連続的かつ一様に結合し、横方向および縦方向の両方の電気的連続性を与えるようにすることは、引用例1の前記の技術的問題点の指摘に照らすと、極めて容易のことといって差し支えがないことは明らかというべきであり、この点に関する原告主張は採用できない。
また、原告は、引用例1が「近接」効果と述べ、本願各発明のような「接合」効果と述べておらず、また、「電線長さ方向における特性インピーダンス」としている点を捉えて、本願各発明の重要な技術的事項をなす「空気間隙の形成」防止との技術的知見は全く示唆されていないし、「電気的特性の均一性」の中に、本願各発明のような「逆クロストーク」の問題は含まれていないから、引用発明1は全面接着を示唆するものではないと主張するので、以下、この点を検討する。
まず、引用例1の「近接効果」についてみると、同引用例のいう「遮蔽金属の近接効果」とは、「絶縁物と遮蔽金属間の相対位置がほぼ一定に保持されていることにより電気的特性が一定化される効果」を指すものであることは前記認定の関係記載箇所から明らかである。そして、引用発明1が上記の「近接効果」を得るべく解決課題とした点が従来技術の有した「遮蔽金属と導体との間隔が変動しやすい」欠点、「屈曲されたた場合における屈曲された側の面の遮蔽金属が絶縁物から離間しやすい」欠点の解決である(この点は、前記認定の記載部分から明らかである。)ことからみて、表現こそ違え、その意味するところが、「絶縁物と遮蔽金属の空気間隙の防止」であることは疑問の余地がないというべきであるから、原告のこの点の主張は失当である。また、「電気的特性の均一性ないし一定化」の点についてみると、引用発明1における「電気的特性」とは、具体的には「電線長さ方向における特性インピーダンス」及び「減衰量の分布」等を意味するものであることは前記認定の記載部分から明らかである。ところで、前掲甲第2、第4号証によれば、特性インピーダンスと原告が強調する逆クロストークとの関係について、本願明細書には「ケーブルは均等な特性インピーダンスを、横方向に信号心線から信号心線へおよび縦方向にケーブルの長さ全部にわたつて共に有する。均等な特徴的インピーダンス(特性インピーダンスの誤記と認める。)は主として絶縁体の横方向にも縦方向にも均一な誘電率から与えられ、また絶縁体へのシート導体すなわちシールドの結合によっても与えられる。結合されたシールドはシールドに対する絶縁体の緊密な接触を生じそして誘電体断面内に空気を導入するようなシールドと絶縁体中の間隙発生を防ぐ。可変量の間隙、したがつて可変量の空気およびシート導体の内側表面間の可変距離は、横方向にも縦方向にはケーブルの長さにわたって、可変有効誘電率および従つて可変の特性インピーダンスおよび過度の順方向および逆方向クロストークを与えるであろう。」(本願明細書21頁16行ないし22頁10行、平成1年10月24日付け手続補正書1頁下から11行ないし4行)、「密接な接触は不変の特性インピーダンスおよび不変の伝搬速度を与えるであろう。それはまた順方向クロストークを引き起こす誘電不連続性を除去しそしてそれは過度の逆方向クロストークを引き起すシート導体16Aと16Bの内部表面間の間隔における調節されない増加を防ぐ。」(本願明細書33頁19行ないし34頁5行)との各記載が認められるところ、以上の各記載によれば、特性インピーダンスと逆クロストークは、いずれも絶縁体とシート導体(遮蔽金属)との間隙量の変化に関係するものである点において両者は密接な関係を有することは明らかであるから、逆クロストークについて明示的に言及するところがないとの一事をもって、引用発明1は本願各発明に示唆を与えることができないとの原告主張は採用できない。
したがって、相違点2についての審決の判断に誤りはなく(なお、審決が「引用例1の記載事項のものを、可撓性を必要とせずに電気的特性の安定を優先した場合には」と表現している点は必ずしも適切とはいえないが、その趣旨は審決の認定判断に照らし、上記判示に沿うもの理解し得る。)、取消事由1は理由がない。
(2) 取消事由2
まず、原告は、本訴において乙第1ないし第5号証を提出することは許されないと主張するのでこの点を検討すると、当業者に周知の本優先権主張日前における技術水準を立証するための証拠は、たとえそれが審判段階において提出されていなかったものであっても提出が許されるところ、前記各乙号証の立証目的は、本願各発明の属する多数の信号線を含む平型ないしリボンケーブルの技術分野におけるケーブル設計上の考慮要素についての当業者の認識内容を示すためであることは弁論の全趣旨から明らかであり、そして、後記認定のとおり前記乙第1ないし第3号証はいずれも本願各発明の優先権主張日よりも少なくとも6年以上も前の米国特許明細書であり、しかも、これら各証についてはいずれも本願明細書中でその内容について言及していることは原告が自認するところでもある。また、いずれも後記認定のとおり、同第4号証は約4年前の特許出願公開公報であり、さらに同第5号証に至っては15年以上も前の米国特許明細書であることからすると、これらの公開時期及び刊行物の性格等からみて、前記乙号各証はいずれも当業者に周知の刊行物とみて差し支えがないというべきである。したがって、この点に関する原告主張は採用できないから、以下、各乙号証の内容について検討する。
〈1〉 成立に争いのない乙第1号証(1972年米国特許第3、634、782号明細書)の1欄65行ないし2欄18行には、同軸平型ケーブルと題する発明に関し、ケーブルの全長を金属製シールド部材で覆った複数の平行に並んだ導電体を含む平型可とう性ケーブルにおいて、導電体の直径(d)、導電体のピッチ(間隔、D)及びシールド間の距離(平型ケーブルの高さ又は厚みと一致、h)の3つの数値は、高周波を伝達する時に最小のクロストーク及び減衰並びに一定のインピーダンスを実現する上で相互に関連付けられていること、及び下記式、Z。Air=〔42cosh-1(1.8x2-(1.25x2-1)1/2)〕・〔tanh(1.95h/πD)〕
上記式における
x=D/d
Z。Airは、シールドなしの平型導電体の特性インピーダンス
〈省略〉
εγ=ケーブル絶縁材の比誘電率
また、3欄52、53行には、下記式、
x=D/d>1.5
h/D>1
がそれぞれ記載されていることが認められる。
同乙第2号証(1973年米国特許第3、735、022号明細書)には、干渉の制御された通信ケーブルと題する発明に関し、1欄42行ないし65行に1対の平行なワイヤ(20、21)が第1の絶縁体(22)の中に埋め込まれてコア(23)を形成していること、該絶縁体(22)は、矩形、長円形又は円形の断面を有していること、該絶縁体(22)間の幅(W)は、ワイヤの中心間距離(D)の約2倍であること、そして、該絶縁体の高さ(t)は、中心間距離(D)の2倍までは必要ではないが、中心間距離(D)より長いことを要すること、絶縁体(22)は低誘電率で2.4よりも大きくないこと、多数のコア(23)が第1の絶縁体(22)と異なる誘電率を持つ第2の絶縁体又はジャケット(25)に囲まれて、断面上で平面的に延びており、どの対をなすワイヤもジャケット体に完全に囲まれていること、及び、ジャケット体はワイヤを直接取り囲むコアの第1の絶縁体よりも高い誘電率をもつこと、以上の構成からなるこのケーブルはクロストークを十分に減少したものと信じられること、の各記載があることが認められる。
同第4号証(昭和52年特許出願公開第33091号公報)には、コネクタと題する発明に関し、「近年、コネクタは多極化の傾向にあり、そのため接点が近接してくることが避けられない。しかも、そこを流れる信号の種類や特性はそれぞれ異なり、多様のものとなっている。このように各接点に異種独立な信号電流が流れた場合、それぞれの接点がそれを雑音として拾うという現象が生じやすい。例えば、電話線における2線間において、そのような現象が生ずる。この場合、2線間の結合、あるいは漏話は、2線間の間隔が小さいほど大きくなる。あるいは、該2線と接地との間の距離が大きいほど、大きくなる。従って、2線間の結合または漏話を減少させるには、2線間の距離を大とすることによって達成できるわけだが、多極用コネクタにおいてはこのような手段は実際的ではない。・・・本発明のコネクタは、接点の近くにアースとなる金属板を設けることにより、2線と接地との間の距離を小さくし、もって前記したような結合あるいは漏話を防止することを特徴としている。」(1欄下から4行ないし2欄下から2行)との記載があることが認められる。
同第5号証(1965年米国特許第3、179、904号明細書)の2欄67行ないし3欄12行には、隣接する導体24と24′において、導体24とアース板26との間に直流2ボルトを与えたとき、隣接する導体24′の電位は0.5ボルト、すなわち1/4の比率となること、このことは、導体24の導体24′に対する信号の影響が1/4であることを意味することが記載されているものと認めることができる。以上によれば、本願各発明と同一ないし近接した、絶縁体の中に信号を送る複数の導体を配した伝送線ないしケーブル製造の技術分野において、クロストーク及び減衰等の導体相互間の干渉の防止を実現する上において、導電体(ワイヤ、導体等とも表現されている。)の直径、導電体の中心間距離及びシールド(絶縁体とも表現されている。)間の距離の各要素が上記の干渉に影響を及ぼす重要な要素であること、したがって、前記のような伝送線ないしケーブルの設計に当たっては上記の各要素の関係、すなわち、導電体の直径と導電体の中心間距離の比率及び導電体の中心間距離とシールドの厚みの比率を考慮しながら設計を行うべきものであることは、いずれも本優先権主張日前、当業者に周知の技術的事項であったものと認めることができる。
そして、本願各発明における「円形導体の直径」、「円形導体の中心間距離」及び「シート導体の二つの内側表面間の距離」がそれぞれ上述した「導電体の直径」、「導電体の中心間距離」及び「シールドの厚み」に相当することは明らかであることからすると、本願各発明において、「平行な円形導体の直径の値」、「平行な円形導体の中心間距離の値」及び「シート導体の二つの内側表面間の距離」の各要素を考慮し、「円形導体の直径の値対該平行な円形導体の中心間の距離の値の比」及び「該シート導体の該二つの内側表面間の距離の値対該平行な円形導体の中心間の距離の値の比」を考慮して設計を行うことは、本優先権主張日前周知の前記の技術的事項に従ったものとみることができるから、この点を考慮して設計したことをもって原告主張のように新規な技術思想であり、これを格別のことと評価することは困難といわざるを得ない。
原告は、上記各乙号証について、これらは本願各発明の第1、第2の相違点に係る構成を備えていないとか、逆クロストークに言及するところがない旨主張するところ、上記各乙号証に記載された各発明に対する評価として原告の上記指摘がそれ自体は正当であるとしても、そのことと本優先権主張日前における本願各発明の属するケーブルの設計における技術分野における周知の考慮事項が何であったかの問題は別個の問題であるから、前記の指摘をもって、上記の認定を左右することはできないというべきである。また、原告は、本願明細書35頁ないし39頁に相違点3(同5)に係る構成が新規である所以が詳述されていると主張する。そこで、同箇所を検討すると、同箇所には、前記の各比を構成する各考慮要素を採用することの新規性が従前技術との比較において記載されているものとは認め難いから、同箇所の記載をもって、本願各発明が前記の各比を採用したことが新規な技術的思想であったとの立証があったとすることは困難であるといわざるを得ない。
〈2〉 次に、本願各発明における数値限定の技術的意義について検討する。
この点について本願明細書には、前掲甲第2号証及び同第4号証によれば、「本発明のケーブルはまた信号心線間に低逆方向クロストークを与える。低逆方向クロストークに対する主たる寄与はケーブルの断面の形状寸法である。二つの幾何学的制約が重要である。第一は平行円形心線の直径の値d対平行円形心線の中心間距離の値cの比でこれは0.16よりも少なくなくそして0.42よりも多くないようにすべきである。その他の幾何学的制約はシート導体の二つの内側表面間の間隔の値b対平行円形心線の中心間の距離cとの比である。この比率は1.5よりも大きくすべきではない。好ましくは、本発明のケーブルの幾何学的制約は次式によつて表わすことができるであろう:
〈省略〉
これは7.5%よりも多くない逆方向クロストークを与えるであろう。さらにより好ましくは、本発明の幾何学的制約は次式によつて明言することができる:
〈省略〉
これは5%よりも多くない逆方向クロストークを与えるであろう。」(本願明細書23頁16行ないし24頁18行、平成1年10月24日付け手続補正書1頁18行ないし2頁2行)との記載が認められる(なお、本願明細書35頁3行ないし37頁2行にも同旨の記載がある)。
そこで、上記の記載についてみると、上記の記載においては、好ましい低逆方向クロストークを実現する上で、本願各発明の数値限定が好ましいことが記載されているが、上記の記載中には従来例との対比や上記数値を採用した根拠についての記載がないため、上記の数値限定が従来のものに比較して格別の作用効果を奏するものといえるか否かについての的確な判断は不可能といわざるを得ない。してみると、上記数値限定をもって、従来のものに比して格別の技術的意義があるものとまで認めることもまた困難といわざるを得ない。
また、本願明細書には、前掲甲第5号証によれば、本願各発明の実施例4例と比較例2例とを対比した実験結果が記載されている(平成1年10月24日付け手続補正書3頁以下、なお、審判請求理由補充書である成立に争いのない甲第8号証にも同旨の記載がある。)のでこの点を検討すると、上記記載によれば、実施例4例においては、順方向クロストークが1%ないし2.5%、逆方向クロートークが2.9%ないし7.5%であるのに対し、比較例においては、順方向クロストークが2.5%及び4%、逆方向クロートークが10.0%及び10.8%であることが認められるところ、この結果によれば、確かに、逆方向クロストークにおいては本願各発明の方が優れた作用効果を奏するものということができるが、最も近接したものにおいては本願各発明が7.5%であるのに対し、比較例においては10.0%と比較的近接しており、この差異をもって顕著な差異と評価することができるか否か疑問である上、順方向クロストークにおいては本願各発明と比較例との間には差異のないものがあることからすると、本願各発明が全体として顕著な作用効果を奏するものとまで断ずることは困難といわざるを得ないというべきである。
この点について原告は、本願各発明のようなケーブルにおける低逆方向クロストークの実現は本願各発明によって初めて可能となったとし、甲第9号証を援用する。そこで、この点を検討すると、成立に争いのない甲第9号証(昭和57年5月10日株式会社オーム社第2版発行、電子工業教育研究会編「新版エレクトロニクス用語事典」121頁「近端漏話(きんたんろうわ)nearend crosstalk」の項)には、「電話回線において生じる漏話の一つで、裸線搬送において見られる。被誘導回線に誘導された電流が誘導回線の進行方向と逆方向に進行してきて誘導回線の信号源側に近いほうへ漏れるもので、補償することができない。」との記載があることが認められ、この記載によれば、電話回線において生ずる近端漏話の解消は不可能であると理解することができるが、低逆方向クロストークにおいても本願各発明の構成を具備しない比較例において一応の作用効果を奏するものとして本願明細書に記載されていることは前記のとおりであり、また、本願明細書中には従来例において低逆方向クロストークの実現が不可能であった旨の記載はないことからすると、前記甲第9号証の前記のような概括的な記載をもって直ちに本願各発明において従来不可能とされた低逆方向クロストークが初めて実現されたものとまで認めることは困難といわざるを得ないというべきである。
そして、本件全証拠を検討しても、本願各発明がその数値限定によって格別の作用効果を奏するものと認めるに足りる証拠はない。
〈3〉 以上によれば、本優先権主張日前において、導体の直径、導体間距離及びシート導体の2つの内側表面間距離等の各要素を考慮してケーブルの設計を行うことが周知の技術的事項であり、かつ、本願各発明が採択した数値限定に格別の技術的意義があることが認め難い以上、相違点3(同5)についての審決の判断に誤りはないから取消事由2も理由がない。
(3) 取消事由3
原告は、本願明細書37頁18行~39頁5行には本願第1発明の可撓性リボンケーブルの有する電気的特性と同軸ケーブルの有する電気的特性とにつき、明確に比較した記載が存在すると主張するので、以下、この点について検討する。
本願明細書の原告指摘の上記箇所には、前記甲第2号証によると、「本発明の幾何学的制約は多一同軸リボンケーブルにさえも勝つた著しい優位性がある。各信号電線の回りを分離した個々の遮蔽によつて同軸ケーブルが利用されるところでは、信号電線の間隔は一般にリボンケーブルにおける典型的50ミル(1.27mm)中心信号心線間隔よりも著しく大きくなる。一般にリボン同軸ケーブルにおいては、各信号心線に対する分離した個々のシールドを含める必要があるため信号電線は100ミル(2.54mm)センター上にある。従つて、本発明に係わるケーブルは多一同軸リボンケーブルよりも一層緊密なケーブルを与えることが明らかである。さらに、信号電線および個々のシールドを差動的に駆動する要求に対しては、個々のシールド導体はなお電磁混信を発しそして非遮蔽ケーブルと等しいものとなるであろう。もしもそのような差動的駆動の同軸ケーブルを遮蔽する必要があれば、そのときは個々の同軸ケーブルシールドに加えて追加の全部を包み込むシールドを備えなければならない。然るに本発明のケーブルは信号一信号一信号の関係において信号を伝送し、そして、50ミル(1.27mm)の典型的中心間隔を有しそしてさらに、同軸ケーブルの代りに使用しうる本発明のケーブルの電気的特性を有し、そしてなおその上に、本発明のケーブルの多数成端の容易さを有する点において本発明に従つて構成されるケーブルが真に有利なケーブルであることが判るであろう。」との記載があることが認められる。
そこで、上記記載について検討すると、上記記載中には、本願第1発明のケーブルが同軸ケーブルに比べ小型化が可能である旨の記載は認められるものの、電気的特性について、本願第1発明とこれに匹敵する絶縁厚みを有する同軸ケーブルとを具体的に対比した記載を見出すことはできない。したがって、上記の記載をもって、両者が電気的特性において匹敵し得るものか否かについては明確とはいい難く、また、本件全証拠を検討してもこれを認めるに足りる証拠はないから、審決のこの点についての判断に誤りがあるとすることはできない。なお、原告は従来の「リボン同軸ケーブル」に対し、製造費、多数成端性、ケーブルの嵩等において本願第1発明の方が優れている旨主張するが、これらの点は前記の電気的特性に該当しないことは明らかであるからこの点を審決が言及しないことはもとより当然であり、審決の判断に誤りはない。
(4) 取消事由4
原告は、本願各発明と引用発明1との複数の前記各相違点が存在することをもって、その組合せの由難性を肯定すべきであると主張する。そこでこの点を検討すると、前記のように各相違点は、引用発明1に本優先権主張日前周知の技術的事項を組み合わせることによりいずれも容易に想到可能であることは既に前記(1)ないし(3)の箇所において説示したとおりである。そうすると、本願各発明と引用発明1との間には、前記のとおりいずれも複数の相違点が存在するが、そのことをもって直ちにその組合せを格別困難とする技術的理由を見出すことは困難であるから、この取消事由も採用できない。
(5) 以上の次第であるから、取消事由はいずれも理由がなく、審決の認定判断に原告主張の違法はない。
4 よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、附加期間の定め及び訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法158条2項、89条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)
別紙図面1
〈省略〉
〈省略〉
別紙図面2
〈省略〉